大判例

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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)3839号 判決 1968年2月29日

原告

服部英一

ほか一名

被告

新和運輸株式会社

ほか一名

主文

被告らは各自原告服部英一に対し金四三三、五〇五円、原告大山幸彦に対し金三三、二五〇円および右各金員に対する昭和四二年四月二六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決は仮りに執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告服部はコロナ六五年式自家用車(足立五ぬ三八一五)(以下原告車という)の所有者、被告新和運輸株式会社は日産ヂーゼルトラツク(相模八こ一二四)(以下被告車という)の所有者、被告高橋は被告会社の従業員にして右自動車の運転手である。

二、原告服部は、昭和四一年一一月一五日午前一〇時四五分頃、原告車に原告大山を同乗させて、山梨県北都留郡上野原町四方津九七七番地先甲州街道を大月方面に向け進行中、対向進行してきた被告高橋運転の被告車が、先行の被告会社の従業員である訴外新井の運転するトラツクを追越すべく、センターラインを越え先行車と並進して原告車の直前に進出してきたため、原告服部は急拠ハンドルを左に切り、危く正面衝突は避けたものの、そのまま約二〇米下の崖下に転落し、途中の木にかかつて一命は取り止めたが、左の損害を受けた。

三、(一) 原告服部の損害

1. 原告車の引揚料 金三三、〇〇〇円

2. 原告車の損害 金三七〇、五〇五円

3. 慰藉料 金三〇、〇〇〇円

(二) 原告大山の損害

1. 同原告は通院一〇日間を要する左下腿部挫創兼打撲症を受け、その治療費 金三、二五〇円

2. 慰藉料 金三〇、〇〇〇円

四、右事故は、被告高橋がカーブの地点で、先行車を追越すべくセンターラインを越えて進行するという自動車運転者としては常軌を逸した重大な過失を犯したため発生したものであるから、被告らは各自原告らの蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

五、よつて、原告らは被告らに対し請求の趣旨記載の金員およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四二年四月二六日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告ら訴訟代理人は、「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、請求の原因に対する答弁および主張として次のとおり述べた。

一、請求の原因第一項中原告車が原告服部の所有であることは不知、その余の事実は認める。

二、同第二項中原告ら主張の日時に主張の場所を原告服部が原告車に原告大山を同乗させて大月方面に向かい、また被告高橋が被告車を運転して八王子方面に向かつてそれぞれ進行したこと、原告車が道路から転落したことは認めるが、その余の事実は否認する。

三、同第三項の損害額はいずれも不知。

四、同第四項は争う。

五、被告高橋は原告車の進路を妨害した事実はなく、原告車の転落と被告車の運行との間に因果関係はない。すなわち

(一)  被告高橋は当日、山梨県大月市から甲州街道を東京方面に向かつて被告車を運転していたのであるが、原告車の転落地点の手前約七〇米の直線道路上で先行のダンプカー(被告会社の従業員である訴外新井の運転するトラツクではない)を追越そうとして対向車のないことを確認のうえ、センターラインの右側に出たが、直線道路上で追越すことができないまま、原告車の転落地点の手前約一五米まで進行してカーブにさしかかつたため、被告高橋は追越しを断念し、スピードを落して道路の左側部分に戻りながらカーブを進行し、カーブの頂点附近(原告車の転落地点と同一線上)で左側部分に復し、そしてさらに約一〇米進行した地点で原告車とすれ違つた。

したがつて被告高橋が原告車とすれ違つたときは被告車はセンターラインの左側を進行しており、被告高橋は原告車とすれ違つたときなんらの異常も感じなかつたものである。

かかるが故に被告車がセンターラインの右側を進行してきたため正面衝突の危険があつたとの原告らの主張は甚だ事実と相違する。

(二)  しかして仮りに原告らが主張するように、被告高橋が先行車を追越すため、原告車の直前でセンターラインを越えて先行車と並進してきたため、原告服部が正面衝突を避けるべく、急拠ハンドルを左に切つたのであれば、原告車は道路左端のガードレールに衝突するか、少くとも本件転落地点よりもつと左に寄つた地点に転落した筈である。

しかし原告車の転落した地点は、東京方面から本件事故現場のカーブに進入してきて、カーブに従つて右に廻らずにそのまま真直ぐ進行した延長線上の地点である。

したがつて、原告服部は本件カーブに進入した後もハンドルを右に切らず、そのまま直進したため転落したものであつて、原告ら主張のように被告車との正面衝突を避けるため、本件カーブで急拠ハンドルを左に切つたため転落したものではない。なお原告服部が真実被告車と正面衝突する危険を感じたとすれば、その場合通常原告は反射的に急ブレーキをかける筈であるが、同原告はこのとき急ブレーキをかけた事実もない。

右の如くであるから、本件事故は原告服部の運転操作上の誤りにもとづくものであつて、被告高橋の運行は本件事故となんらの因果関係もないのである。

〔証拠関係略〕

理由

一、原告ら主張の日時場所で、八王子方面から大月方面に向け進行中の原告服部が運転し、原告大山の同乗していた原告車が崖下に転落したこと、右日時に同場所を被告高橋が被告車を運転し、対向して進行したことは当事者間に争いがない。

二、原告車の右転落と被告車の運行との間の因果関係の有無が争われているので、その点について判断するに、もともと被告高橋がその地点は異なるが、本件事故現場附近で追越しを図つたことは被告らの自陳するところであるうえ、

(一)  〔証拠略〕によると、本件事故の発生日時頃、大月方面から進行して来た車輛は被告車と訴外新井の運転するセメント車の二台だけで、ダンプカーは走行してきておらず、カーブの七・八〇米手前で、後行の一台が追越しを開始し、カーブ附近で並行したとき、対向車が現れ崖下へ転落したもので、追越しをかけた車は被追越車より八王子寄りに停車したこと。

(二)  〔証拠略〕によると、事故後原告服部から上野原警察署に対し、カーブで先行の大型車を追越そうとしたセメント車に進路を妨害されたため転落した旨の電話による届出があり、右セメント車は車体の下半分が橙色の大型車であるという届出であつたので現場から八王子寄りに四・五粁離れた警察署から事故現場までつめて来たが、その間車体の下半分が橙色の車に出会わず、しかも途中大型車が充分に通行できる分岐道路がないこと

(三)  被告車は車体の下半分が橙色のセメント車で、訴外新井運転の車輛より八王子寄りに停車したことは被告高橋もその本人尋問において認めていること。

(四)  〔証拠略〕によると、原告車の転落直前の車轍痕が左に孤を描いており、その前方の、大月方面からみて道路の右側部分に被告車のものと思われるスリツプ痕が存在すること

がそれぞれ認められ、右各事実に原告服部英一本人尋問の結果とを併わせると、本件事故は原告ら主張のように、被告車がカーブ附近で訴外新井運転の車輛を追越そうとしてセンターラインを越え道路の右側部分すなわち原告車の正面に進出進行してきたため、原告車が衝突を避けるべくハンドルを左に切り、その結果崖下に転落したものと認めざるをえない。被告高橋貞松本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前示各証拠と対比して措信することができず、他に右認定を左右する証拠はない。

そうだとするならば、原告車の転落と被告車の運行との間に因果関係があり、しかも右事故は、もともと追越の禁止されているカーブ附近で追越しを図り、のみならずセンターラインを越えて原告車の進路を妨害した被告高橋の過失によつて惹起されたものといわざるをえないから、同被告は民法第七〇九条により、また被告会社は、被告車が同被告の所有で、被告高橋がその被用運転手であることは認めるところであり、しかも被告高橋貞松本人尋問の結果によると、右事故は被害高橋が被告会社の業務としてセメントを大月市まで運搬しての帰途における事故であることが認められるから、人的損害については運行供用者として自動車損害賠償保障法第三条により、物的損害については民法第七一五条により、それぞれ損害を賠償すべき義務があるものといわざるをえない。

三、そこで損害について判断する。

(一)  原告服部の損害

〔証拠略〕によると、原告車は原告服部英一の所有で、右転落により金三七〇、五〇五円の修理費を要する破損を受けたほか、同原告は右転落した原告車の引揚費用として金三三、〇〇〇円を支出し、合計金四〇三、五〇五円相当の損害を受けたことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

次に〔証拠略〕によると、同原告は事故の翌日肩が痛い程度の傷害を受けたにすぎなかつたことが認められるが、本件転落により相当の精神的衝撃を受けたことは容易に推認され、その慰藉料額は金三〇、〇〇〇円が相当を認められる。

(二)  原告大山の損害

〔証拠略〕によると、原告大山は本件事故により左下腿部挫創兼打撲症の傷害を受け、事故の翌日東京都目黒区所在の葉梨医院において治療を受け、治療費として金三、二五〇円を支払い、同額の損害を蒙つたことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

次に慰藉料であるが、同原告も転落によつて相当の精神的衝撃を受けたことは容易に推認され、傷害の程度等を併せ考慮するならば、同原告に対する慰藉料額は金三〇、〇〇〇円が相当と認められる。

四、以上の次第であるから、被告らに対し、原告服部英一が金四三三、五〇五円、原告大山が金三三、二五〇円および右各金員に対する履行期日後の昭和四二年四月二六日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求はすべて理由があるから正当としてこれを認容し、訴訟費用につき民事訴訟法第九三条第一項本文、第八九条、仮執行宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 小川昭二郎)

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